北川民次

「葉に囲まれた母子」 18x13cm

「葉に囲まれた母子」
18x13cm

北川民次 銅版画展
2014年9月18日(木)〜10月12日(日)

北川民次(1894年?1989年)に関してはここで改めて紹介するまでもなく、往年の美術ファンにとりましては良く知られ、今でも根強いファン
をもつ洋画家です。特に画家としてばかりではなく児童美術教育者として、第二次世界大戦前の14年間をメキシコで活躍した人物としても大きな
足跡をのこしています。

19歳でニューヨークに渡り十年間滞在して美術を学び、その後キューバを経てメキシコへ行きます。
メキシコでは特に先住民の逞しく古代を思わせる生活様式や文化に興味を抱き、積極的に人々の中に分け入り交流し、多くを吸収したようです。
作品にはその体験が色濃く反映されていて、生命力溢れるエネルギッシュな作風で、メキシコをテーマにした作品は生涯に渡り制作されました。
帰国後はまもなく二科展に入選、以後、よき理解者や画家達との交流も始まり、画家としての地歩は徐々に固まってゆきました。一方で美術教育
に関しても活動は継続され、子供達の美術教育に携わる人々にもその思想や実践が国内でも広く識られるようになり、その著書は多く読まれています。

今回の作品は70歳代のエッチングです。 モチーフは殆どがメキシコの
人々や植物です。ある人からメキシコから帰国してもう随分になるのに、
何故メキシコを描き続けるのかと聞かれています。それに対して、メキ
シコの人物や風景が日本のそれよりも刺激が強いのだと答えています。
青春真っ只中で、また、メキシコ革命の名残のある、まさに国づくりの
ただ中にあった14年間を過ごしたメキシコは、北川民次にとりまして
画家としての成長ばかりではなく、思想や感受性をも育んだ故郷とも
いえる大きな存在だったのかもしれません。

今メキシコに魅せられている若い人々も増えているようです。そしてか
つてその地で活躍した北川民次の名を識る人も多くいるようです。しか
し残念ながら作品を目にする機会は余りありませ。亡くなられて既に
25年の月日が過ぎてしまったので仕方のないことです。
今回、ご縁あって33点の銅版画作品ご紹介できることになりました。
この機会に多くの美術ファン、メキシコファンの皆様にごらん頂いて、
晩年の仕事の一端からではありますが、大正、昭和を駆け巡った洋画家・
北川民次の想いをあらためて思い起こしていただく一助になれば幸いです。
そしてなにより楽しんでご高覧いただけることを願う次第です。

作品は全てオリジナルプリントでサイン、エディションナンバーが入っ
ています。
また作品は全て金子勝則氏(川越画廊/埼玉県川越市)の所有です。

北川民次 年譜

1894年(明治27年)静岡県の地主農家に生まれる
1912年(大正1年)早稲田大学予科在学中 初めて油絵を描く

1913年(大正2年)渡米、ニューヨークのアートステューデント・リーグで美術を学ぶ
1923年(大正12年)アメリカ南部諸州を放浪して歩き、キューバを経てメキシコに到着、
美術学校に入り、その年卒業
1924年(大正13年)チェルブスコ僧院内にあった前期野外美術学校のグループに入り、革命後
のメキシコ美術運動に参加。オロスコ、リベラ、シケイロスらと知り合う。
1925年(大正14年)トラムパムに後期野外美術学校が設けられ、はじめてインディアンの児童
美術教育にたずさわる。このころタマヨと親交があった。
1931年(昭和6年)学校をタスコに移し、校長となる。
1936年(昭和11年)学校を閉じて帰国、東京に居をかまえる。

1937年(昭和12年)二科会会員となる。
1943年(昭和18年)瀬戸に移住。
1949年(昭和24年)名古屋市内に北川児童美術学園を設立。
1955年(昭和30年)メキシコを訪問、1年滞在後ヨーロッパ各地を歴遊、翌年6月帰国。
1958年(昭和33年)東京、名古屋、大阪にて個展。
1959年(昭和34年)名古屋CBCビルに大理石モザイクによる壁画「音楽家たち」を完成
瀬戸市民会館にもセラミック・モザイクによる壁画制作。
1961年(昭和36年)大丸にて個展、国際画廊にて個展。
1962年(昭和37年)名古屋カゴメビルに、タイル・モザイクによる壁画「果物を売る女」を
制作、国際画廊にて個展。
1964年(昭和39年)第6回現代日本美術展で受賞、作品「哺育」100号。
1965年(昭和40年)飯田画廊にて個展。
1966年(昭和41年)日動画廊、飯田画廊に個展。
1968年(昭和43年)飯田画廊にて「思い出のメキシコ展」
1973年(昭和48年)画業60年回顧展。
1974年(昭和49年)飯田画廊で個展「バッタの哲学」。
1978年(昭和53年)二科会会長に就任するも同年辞任。
1979年(昭和54年)二科会脱会。
1989年(平成1年)逝去 95歳。

著作
1952年(昭和27年)十歳以後の美術教育    創造美郁協会
同         絵を描く子供たち     岩波書店
1953年(昭和28年)子供の絵と教育      創元社(大阪)
1955年(昭和30年)メキシコの青春      光文社
1968年(昭和43年)思い出のメキシコ     飯田画廊
1960年(昭和35年)メキシコの誘惑      新潮社

絵本
1942年(昭和17年)マハフノツボ       三協社
1942年(昭和17年)ジャングル(文)佐藤義夫 帝国教育会出版部
1962年(昭和37年)うさぎのみみはなぜながい(原作1942年)福音館書店

なお、年譜の生誕から1968年まで、著作と絵本にかんしましては「北川民次 思い出のメキシコ」1968年飯田画廊 発行
から引用させていただきました。